─ 赤崎伝三郎物語

赤崎伝三郎の生涯|天草・高浜に刻まれた物語

海を越え、故郷に還った人 ― 赤崎伝三郎の生涯 ―

高浜の地に建つこの建物には、
ひとりの人物の波乱に満ちた人生が刻まれています。

赤崎伝三郎。
貧しさのなかで少年時代を過ごし、故郷を離れ、海を越え、
異国の地で事業を成し遂げた人物です。

どれほど成功しても、少年時代の苦労と、故郷への想いを忘れなかった赤崎伝三郎。
現在の白磯の原点には、その生涯と志が息づいています。

白磯の原点となった赤崎伝三郎の人物写真

赤崎伝三郎の歩み

少年時代 ― 高浜で生まれ育つ

赤崎伝三郎は、明治4年9月、高浜村皿山の農家に生まれました。
赤崎家は、江戸時代初めには大江組のおおじょうやを務めた家柄でしたが、伝三郎が生まれた頃には多額の借金を抱えていました。

そのため、伝三郎は小学校を終えると、家計を助けるために地元の陶器製造業で働き始めます。
幼い頃から、働きながら家族を支える日々を送っていました。

海外への旅立ち ― 故郷を出て世界へ

18歳の時、天草で働いても十分な収入が得られなかったことから、伝三郎は長崎へ渡り、コックとして出稼ぎに出ます。
さらに19歳の時には初めて海外へ渡り、上海、香港、サイゴン、ボンベイ、ザンジバルなど、各地を放浪しながら働きました。

故郷を離れ、異国の地で生き抜くその歩みは、まさに人生を切り拓く旅の始まりでした。

マダガスカルでの成功

33歳の時、伝三郎は最終地であるフランス領マダガスカル島にて、ホテルジャポンを開業しました。
その後、レストランや映画館の経営も手がけ、大きな成功を収めます。

苦しい少年時代を過ごした一人の青年が、海の向こうで事業を築き上げたことは、当時としても並外れた偉業でした。

日露戦争と赤崎伝三郎

やがて日露戦争が開戦し、ロシアのバルチック艦隊がマダガスカルに寄港した際、伝三郎はその規模や軍力を詳細に調べ、インドの日本領事館へ打電したと伝えられています。

この情報は日本軍にとって重要なものとなり、のちのバルチック艦隊迎撃、そして勝利へとつながったとされています。

異国の地にありながらも、祖国を想い行動した伝三郎の姿勢がうかがえます。

故郷への帰還

昭和4年、伝三郎は事業をイギリス人に譲り、日本へ帰国しました。
海外へ渡ってから、およそ40年後のことでした。

長い歳月を異国の地で過ごしたのち、彼が戻ってきたのは、やはり故郷・高浜でした。

赤崎邸の建築

昭和12年2月20日、伝三郎は故郷高浜の現在地に、和館と洋館からなる豪邸を建てました。
この建物は、異国での経験と日本の美意識が重なり合う、象徴的な住まいでした。

現在の白磯へと受け継がれているこの建物には、伝三郎が歩んだ歳月と、故郷への深い想いが込められています。

人柄を伝える三畳の寝室

大きな成功を収めた伝三郎でしたが、その寝室はわずか三畳の小さな部屋だったといわれています。

どれほど裕福になっても、親とともに苦労して生きた少年時代を忘れず、慎ましく暮らしていたのでした。
その姿からは、華やかな成功の裏にある誠実さと、家族への深い想いが感じられます。

映画人が訪れた赤崎邸

昭和18年5月5日には、松竹映画『花咲く港』の木下恵介監督と俳優一行が赤崎邸に宿泊し、記念撮影を残しています。

赤崎邸は、ただの私邸ではなく、人々が集い、時代の文化とも交わる場所でもありました。

昭和18年に赤崎邸で撮影された映画『花咲く港』出演者と木下恵介監督の記念写真

その後、白磯ホテルへ

赤崎伝三郎は、昭和20年4月23日に75歳で生涯を閉じました。
親孝行のために故郷を離れ、遠くアフリカの地まで渡り、自らの人生を切り拓いた、その歩みはまさに波乱万丈でした。

そして昭和25年5月、この赤崎邸は「白磯ホテル(旧赤崎邸)」として開業します。
経営を担ったのは、主人・赤崎八十八でした。

こうしてこの建物は、個人の邸宅から、多くの人を迎える場所へと受け継がれていったのです。

年表

  • 明治4年9月 高浜村皿山の農家に生まれる
  • 小学校卒業後 家計を助けるため地元の陶器製造業で働く
  • 18歳頃 長崎へ渡り、コックとして出稼ぎに出る
  • 19歳頃 初めて海外へ渡り、上海・香港・サイゴン・ボンベイ・ザンジバルなどを巡る
  • 33歳頃 フランス領マダガスカル島でホテルジャポンを開業
  • 日露戦争時 バルチック艦隊の情報を日本領事館へ打電
  • 昭和4年 事業を譲り帰国
  • 昭和12年2月20日 高浜に和館と洋館からなる赤崎邸を建築
  • 昭和18年5月5日 木下恵介監督らが赤崎邸に宿泊
  • 昭和20年4月23日 死去(享年75歳)
  • 昭和25年5月 白磯ホテル(旧赤崎邸)開業
現在の旅館白磯の建物外観

白磯の建物には、
海を越えて生き、故郷へ還った一人の人物の物語が息づいています。

赤崎伝三郎の人生は、華やかな成功の物語であると同時に、
家族を想い、故郷を想い続けた人の物語でもありました。

この場所に身を置くとき、
その静かな時間の奥に、今もなお、彼の歩みを感じることができます。