赤崎伝三郎と旅館白磯
旅館白磯は国指定有形文化財です。
施主の赤崎伝三郎は、親の借金を返すために海外に出稼ぎに行き、十数年後アフリカのマダガスカル島で、ホテル、レストラン、映画館を営み大成し、大富豪となりました。
その時、日露戦争の火ぶたが切られ、ロシアのバルチック艦隊が同盟国フランス領マダガスカル島へ寄港した際、赤崎伝三郎はインドの日本軍にモールス信号で打電して、日本軍の戦勝に貢献しました。

のちにその功績が国から表彰されたのでした。その後、イギリス人に経験をゆずり、故郷へ帰った赤崎伝三郎は、持ち帰った財産で地元に小学校を建設したり、福祉活動に寄付をして貢献をしました。その時、自宅として造った洋館と和館の豪華な建築物は、没後「旅館白磯」として開業するに至りました。
天草では珍しい迎賓館的建物



