北里英郎博士ご夫妻が泊まった和室
旅館白磯の和室には、あの北里柴三郎博士のひ孫にあたる北里英郎先生(北里柴三郎記念館館長)ご夫妻もお泊りになりました。
この時、宿主との晩餐で高浜ワインを飲みながら、談笑を楽しみました。

明治40年(1907年)8月、与謝野鉄幹が若手詩人4人を連れて天草を旅しました。彼らの紀行文『五足の靴』の中で、当時の高浜がブドウで覆われていた様子が描写されており、これが現在の「高浜ワイン」復活の精神的なルーツとなっています。
作中で、高浜の集落について「葡萄(ぶどう)に掩(おお)はれて居る」「家毎に棚がある」と記述し、村中がブドウ棚で覆われていた美しい風景を称賛しています。
その時高浜を訪れた人物:与謝野 鉄幹(よさの てっかん)北原 白秋(きたはら はくしゅう)木下 杢太郎(きのした もくたろう)吉井 勇(よしい いさむ)平野 万里(ひらの ばんり)関連作品:紀行文『五足の靴』
かつて文豪たちが絶賛した「軒先までブドウで覆われた高浜」の風景は時代とともに失われ、一時は残り1本にまで減ってしまいました。しかし、その風景を取り戻そうと地元有志が「高浜ぶどう」を復活させ、そのブドウで醸造されたのが現在の高浜ワインです。
ちなみに、与謝野夫妻は度々高浜の上田陶石を訪れ、赤崎伝三郎邸ににも足を寄せていました。
与謝野鉄幹の妻である歌人・与謝野晶子(よさの あきこ)は、のちの昭和7年(1932年)に夫と共に高浜を訪れています。彼女はその景色に感銘を受け、歌を詠みました。
高浜の白砂の海岸(白磯)の美しさと、海を越えて吹く風を詠んだ歌です。現在、高浜の十三仏公園にこの歌碑が建てられています。
関連作品(短歌):「天草の 西高浜の しろき磯 江蘇省より 秋風ぞふく」
力道山夫人田中敬子さんも宿泊
天草の五和町にはプロレス殿堂館があります。そこの名誉会長がかの力道山夫人の田中敬子さんです。
天草でプロレス殿堂館のイベントがあった折、旅館白磯にご友人と宿泊になられました。

一般的には「日本プロレスの父」である力道山が有名ですが、歴史を遡ると、それより30年以上前にアメリカで王者になったマティ・マツダという人物がいます。この方は、熊本県八代市の出身でした。
歴史上最初の日本人王者:マティ・マツダ
1920年代にアメリカで活躍した日系レスラーです。詳細: 力道山がデビューするずっと前に、アメリカのテキサス州などを拠点に活躍し、日本人として初めて世界のベルトを巻いた人物として記録に残っています。獲得タイトル: 世界ジュニア・ウェルター級王座時期: 1923年(大正12年)頃
このようなご縁もあり、田中敬子さんは天草にできたプロレス殿堂館の名誉館長として折あるごとに天草を訪れていますが、天草の大ファンです。天草の至る所を旅しれおられますが、旅館白磯に宿泊された時は、レトロな洋室に宿泊されて満喫しておられました。


